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オバマ大統領のスピーチで有名になった「YES WE CAN !」は、特に目新しいフレーズではない。
例えば、1992年に制定された伊藤忠商事の企業理念は「The ITOCHU Credo」と「The ITOCTU Way」の2つで構成されているが、その「The ITOCTU Way」の3つのフレーズの最初が「Yes,we can.」であった。
和訳はあえて「顧客と共に、前へ」としてあって、直訳ではない。
私はたまたまその策定作業に深くコミットしていたので、制定までの緻密なプロセスについては、実はかなり詳しい。
しかし、伊藤忠の理念体系を解説することが今日の本旨ではないので、それはまたの機会に譲ることにする。
ただ、これを策定してすぐの頃、英国の元宰相マーガレット・サッチャー氏が伊藤忠本社を訪れたことがあり、即座にこのフレーズに着目したという話を聞いた。
サッチャー氏は「これはまさに長年の私のモットーでもある」と述べたというのである。
「YES WE CAN !」は、英語文化圏に脈々と息づいてきた積極果敢なチームスピリッツを鼓舞することばである。
困難にチャレンジするポジティブで力強い姿勢だ。
しかし、反面、このフレーズが長い期間世界で発信力を保持し得ているという事実は、世の中の大勢は逆の発想に充ち満ちているということを意味してもいる。
それは「NO WE CAN’T !」である。
教育現場、官僚組織、政界、地域社会や家庭内でさえ、「NO WE CAN’T !」の方が圧倒的に多い。
企業の意志決定プロセスや、指示命令経路において示される「NO WE CAN’T !」が、いかに多いことか。
そして今、世界同時不況の中、この「NO WE CAN’T !」が猛威を振るって増殖しつつある。
年金記録問題をかかえる社保庁も、公務員制度改革に対する人事院も「NO WE CAN’T !」。
内部留保を大量にかかえる大企業も雇用の確保に関しては、「NO WE CAN’T !」だ。
医師不足にあえぐ病院の緊急患者受け入れ体制は、もはや「NO WE CAN’T !」。
会社の倒産、年収の減少、妻のパート解雇等が重なり、住宅ローンの支払いは、否応なく「NO WE CAN’T !」である。
このところ倒産件数が急増しているが、その原因の一つは、経営者が頑張らなくなってしまったからだという。
民事再生を申請し、再建に向けて歯を食いしばってもう一頑張りしようという意欲がすっかり減退しているのだ。
経営再建に時間をかけるより、在庫や設備を処分して会社をたたんでしまう例が増えている。
こんなご時世だと、頑張ったところで先は見えているから、早めに破産して楽になった方がいいというわけだ。
さっさと「NO WE CAN’T !」とバンザイしてしまうのだという。
日本だけに限らず、世界中がそんな雰囲気に満ちている。
「YES WE CAN !」が輝いてひびく足下には「NO WE CAN’T !」が絶望的に横たわっているというわけだ。
こんな時こそ、それぞれが、せめて一度だけでも「YES WE CAN !」と発してみるべきではないか。出来ればほほえみも交えて。
それは何に対してでも、どんなに小さなことでもいい。一つぐらいはあるはずだ。
あのオバマ氏も、大統領就任式以降「YES WE CAN !」とは言っていない。
就任演説では、「NO WE CAN’T !」に代わって「YES WE CAN !」というべきは国民の番だと、色濃くにじませている。
思慮のない楽観主義だけでは何ももたらされないだろうが、ポジティブな高揚感のないところからもまた、何ももたらされないことは事実である。
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