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2009年04月23日
 米国金融の回復とは?

先日、親しい米国人経営コンサルタントと東京で食事をする機会があった。

久しぶりの再会で、満開の桜や蕎麦の話など和やかな話がはずんだのだが、どうしても話題は金融危機の件に及んだ。

今や、米国の大手金融機関はほぼ国有化に近く、さらにGM等への大規模な公的資金の投入も続いて、米国でのお金の流れの中心地はニューヨークから、ワシントンDCに移ってしまったという。

米国の金融街は今やウォール街ではなくワシントンDCで、証券取引所よりは、国会議事堂の方が株価の実態を左右する場になってしまったと苦笑した。

さらに、どんなにオバマ大統領が頑張ったとしても、GM、クライスラーの破綻はおそらくはさけられないのでは・・という悲観論も払拭できていないという。

もし、GM破綻が現実になれば、その衝撃はリーマンショックを上回るとの観測もある。

われわれとしては、ひたすら米国金融システムの健全な回復を願うしかないのだが、ここで云う「回復」とは何を意味するのかがくせものである。

深刻な金融破綻をもたらした元凶が強欲な資本主義と呼ばれるシステムだと言われている。

その中心を占めたのが、想像を絶する高額給与を可能にした、人材への自由な報酬制度だった。

複雑なデリバティブ取引や商品開発を可能にする頭脳をつなぎ止めるには、巨額なボーナスが必要である。

その人材をつなぎ止められなければ、超巨大金融機関といえどもただの箱でしかないというわけだ。

P.F.ドラッカーや、アルビン・トフラー、あるいはロバート・ライシュらがさかんに唱えてきた産業の「知識化」とは、これらすぐれた頭脳に依存する社会の到来を意味していた。

そのたぐいまれな頭脳を引き留める力は、突きつめると高額給与である。


ずいぶん前になるが、ソニーや松下が、ハリウッドの映画会社を買収することが話題になったことがあった。

その時、映画会社の本質的資産価値は、過去の映画版権を除くと、所属するスタッフ個人のクリエイティビティや能力でしかないのでは、という議論があった。

映画会社側から見れば、必要なのはその頭脳をつなぎ止めるにたる高額給与の支払い能力だけなのだから、実態はかれらがソニーや松下を買収したに等しい、という話だった。

ソニーにも松下に対しても何の思い入れもないが、自分の高額給与さえ払ってくれるならしばらくは居てやってもいいよ、という論理だ。

それが出来ないなら出て行くだけで、ここには単なる巨大な施設が残るだけだけど、いいんですね?というわけである。

なるほど、知識産業化した新しい社会とはこうなるのか・・、と感慨を持った記憶がある。


今、米国巨大金融機関の救済策を観るとき、その時と同じ思いにかられるのである。

ソニーや松下の代わりを担っているのが、米国政府であり、税金ということだ。

米国での「回復」の意味が、自由な金融取引と自由な報酬のシステムの復活を意味するのだとしたら、税金をつぎ込んで救ったものは何だったのかが改めて問われることになるのだろう。

何しろ、今回の破綻回避で明らかにされたのは、途方もなく大規模で社会的影響が大きければ大きいほど潰れることはないということである。

つまりは、今後も潰れることをまったく心配せずにグリード(強欲)な金融システムを追いかけることができることを意味してしまう。


思い返せば、日本の金融システムが崩壊の危機に陥った時、やはり膨大な税金をつぎ込んでシステムの連鎖破綻を食い止めた。

その上、信じられないほどの低い利率で銀行に金を預け、預けた自分の金を引き出すのに利率を上回る手数料を支払って、銀行を救ったのだ。

そして、その銀行の社員の平均給与は、今でも一般のそれを大きく上回る。

日本の一般消費者は、教育レベルが高くて物わかりがよく、かつ寛大だ。内心忸怩たるものがあるとしても、暴動を起こすようなことはなかった。

ただ、日本の金融機関の給与は、高いといっても米国のそれと比べればたかが知れているせいもある。

米国での金融システムの回復とは、かれら高額給与所得者にその報酬を保証することによってのみはかられるのだろうか?

米国の「回復」とは、彼ら高額な頭脳に対してどんな自由度が回復されることを意味するのか、われわれは注意深く見守ることになる。

それは、結局米国は何を救ったのかを明確にすることにもなるからだ。

同時に、それは日本をはじめとするグローバルな金融界にも大きなメッセージを送ることになるのだろう。

少し間違うと、一般庶民の反発はとてつもなく大きなものになりかねない。

先の大恐慌の後にドイツで起こったことを思えば、市民の暴動の方がまだマシかもしれない。

現在の世界の金融センター、ワシントンDCがこの1、2年で世界に発信するメッセージは限りなく重い歴史的意味を持っていると云えるだろう。



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