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2009年09月09日
 車の左側通行

南太平洋の島国サモアでこの7日、自動車の通行がこれまでの右側通行から日本と同じ左側へと変更されたという。

左側通行国は世界の人口比で34:66ぐらいの少数派だから、左から右への変更は聞くことがあるが、逆は極めてめずらしい。

日本への返還後の沖縄で、1978年に実施されて以来のことだという。

本土復帰という明快な理由があって実施された沖縄と違って、サモアでの変更理由はさほど明快にも思えない。

人口約18万人の超小国だから出来たことかもしれない。

日本や近くのオーストラリア、ニュージーランド等から中古車を安く入れることが出来るメリットがあるとの説明だが、信号機やバスの改修コスト、事故の危険等のリスクに比べて本当にメリットがあるのかは不明だ。

私自身、ヨーロッパで車を運転するたびにこの左右逆の運転ルールに緊張を強いられてきたものだ。

オートマティック車ならまだしも、コラムシフト車に乗ろうものなら慣れるまでは結構焦ってしまう場面に出くわす。

そもそも何故こういった国際ダブルスタンダードが生まれてしまったのかよく分かってはいないらしい。

日本のルールはイギリス陸軍に倣ったとの説が有力らしいが、ではイギリスと欧州大陸でなぜ違ってしまったのかについては定説はないようだ。

欧州大陸でもポルトガルやオーストリア、チェコやハンガリーなどが左側通行から右に換えたのはそんなに古い話ではない。

いずれもヨーロッパでは外れの方に位置する国だ。

スウエーデンでは1967年のことだったから、私が訪れた1970年にはまだ変更時のエピソードが話題として残っていた。


理由はどうあれ、交通ルール以外にもインフラルールの変更は、社会に大きな緊張を強いるものだ。

同時に、旧ルールを生活の中にうまく残して使いこなす術も自然に生まれてくるものらしい。

フランス通貨がフランだった時代、1960年のデノミ以降もかなり長い間「旧フラン」という単位が並行して残っていた。

日常会話にもフランを100倍した旧フランの価格が頻繁に登場していたものだ。

おそらくは、価値が一気に100分の1に落ちてしまったようで、そう簡単には新しい単位に順応できなかったからだろう。

しかし、ユーロへの変換は、保守的な文化の国にしては、デノミに比べて極めてスムーズに移行できたように思う。価値の変化を意味しなかったから、心理的に素直に順応できたのかもしれない。

日本でメートル法が全面的に実施されたのは1966年のこと。1959年には尺貫法が変わって肉屋の単位が匁からグラムに、体重も貫目からKgに変わった。

今でも、一坪=3.3平米という換算値が残っているように、当時もかなり長いこと小数点付の換算値を使って実質的な尺貫法が生きていた。一里は3.75Kmなどと誰もが普通にそらんじていた。

しかし、世代が換わり、今尺貫法そのものを知っている人さえごくわずかになった。

一方、一升瓶を握って冷や酒を酌み交わすという文化は変わらなかったからか、2l瓶に移行することはなく、1.8l入りの一升瓶は残った。

同様に、間口1間は約1.8mとして使われ続けたのである。

車の通行ルールの変更のように、混乱があってもある日をもって一気に変わってしまうこともあれば、世代交代とともにじわじわと浸透していつのまにか変わって行くものもある。

さらに、ことばや単位は変わっても世代を超えて生きながらえるものがあるのも、記号文化の特徴である。


さて、初めての本格的政権交代がこの国で起きた。

車の通行ルールが左右変わってしまうような大きな変化がこれから起きるのだろうか。

それとも一升瓶を1.8l入りと言い直すだけのように、結局はそのまま前のルールに飲み込まれてしまうのだろうか。

記号の交代、意味の交代、そして記号と意味の同時交代という現象は、結局はその文化の歴史的サバイバルの意志に深く関わっている。

この国に、車を一気に右側通行に換えるほどのエネルギーがみなぎってくるのかどうか、注目してみたい。



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