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HONDAが「2011年にインドで生産を始める小型車で、現地製の鋼板を初めて採用する」と発表した。
TOYOTAも11年からインドで生産する車種で現地製鋼板の採用を本格化するという。
日本製より2〜3割安い鋼板を使って価格競争力を高める狙いと解説されているが、私は「ジャパン・クオリティ」を掲げてきた日本製造業にとって、大きなエポックと観る。
日本の製鉄業(高炉メーカー)は世界に冠たる品質を誇っているが、その礎は昭和20年代後半、当時の若きエリートエンジニア達が、アメリカにわたり、必死に「現場で」学んだところにある。
日本を代表する製鉄メーカーのトップから直接お聞きした話だが、アメリカまでプロペラ機で太平洋の島伝いに給油を繰り返して渡航した当時、まだミッドウエーの海域には撃沈された日本の戦艦が縦に突き立っていたという。
彼らは当時世界最先端、最大の製鉄メーカー、USスチールで研修した。
日本復興に燃えていたエンジニア達は、安いYMCAに泊まり、研修後毎日部屋に集まりそれぞれの学んだ内容を発表し合っては、技術的な意味を深夜まで議論したという。
研修といっても、デスクワークで講義された理論的な話は、エリートエンジニアの彼らには学ぶべきものはないと、すぐに見抜いてしまった。
その後は「現場研修」に集中し、工員達の職人技に注目した。
高炉の熱制御のダイヤル操作でも、その指の動きや微妙なダイヤルの動かし方に注目し、その意味を理解出来るまで何度も凝視を続け、徹底的に議論したという。
その結果、帰国数年で、昭和30年代頭には粗鋼の総生産量でアメリカを抜いてしまった。
そしてその後のクオリティ追求は世界の追随を許さなかった。
例えば、高炉の熱制御技術を支える無数の熱センサーコントロールに最初に大型コンピューターを導入したのも製鉄メーカーであったし、日本の自動車産業の発展を支えた薄板鋼板の厚みを0.5mmと1mmの間に0.75mmなどという世界の常識を破る繊細な厚みのロールを可能にしたのも彼らであった。
このひたすら技術精度を高めるという信念は、製造業現場の信仰に近いものとしてあらゆるメーカーに伝播していった。
こうして1980年代、自動車メーカーは、同じ信仰を持つ部品メーカーを根こそぎ引き連れてアメリカに進出したのである。
0.75mmを可能にした薄板技術はその信仰の基盤でさえあった。
主にアメリカを中心とした先進国をターゲットとしていた自動車メーカーにとって「クオリティ・アップ」という信仰は揺るぎなく、技術者の誇りの源でもあった。
ところが、マーケットが中国を中心とするいわゆるBRICsに移行し始めてから、この信仰が初めて揺らぎ始めた。
安く、実用的でさえあれば、そんなハイ・クオリティは要らないと云われ始めたのだ。
車のドアとボディの隙間が上から下まで均一に1mmである必要はないからもっと安くしろ、などと云われたことはなかった。
この解決は簡単なようで、実は簡単ではない。
クオリティ・アップに比べて、クオリティ・ダウンの方がむしろ難しいのだ。
技術者のモラルを支える文化の変更、信仰の変更を意味するからである。
それまで技術を学んでいた相手を、指導する立場に変えたという誇り高き歴史を担った人々なのだ。
ただ、その当時のアメリカの技術屋にしてみれば、どんなに屈辱的な思いを噛みしめたものか、逆の立場で考えてみると分かる気もする・・。
いうなれば、中国の技術屋が、突然日本の工場に現れてたどたどしい日本語で日本の技術屋を指導し始めたようなものなのだから。
揺るぎない高品質信仰に対して、オーバースペックとか、過剰品質とかのことばが浮上しだしたのは、1990年代半ばに入ってからであろうか。
「そこそこの品質でいいから、コンパクトで安く」というコンセプトが日本メーカーになじむのは無理かもしれないとさえ思われてきた。
大手自動車部品メーカーのビジョンづくりなどをお手伝いしたときにも、この問題を長い時間かけて議論した。
技術屋集団からは「手抜きをしろというのか?!」という怒りがあらわになったものだ。
2、3年前のことだが、結局結論は出せなかった。
そういう経緯を経験しているだけに、冒頭のHONDAやTOYOTAの発表は衝撃的だった。
つまり、日本のクオリティ・コンセプトが変わるかもしれない。いや、10年以上かかって変わったということなのだろう。
単に価格競争力を高める狙いだけに収まらない文化大革命なのかもしれないのだ。
クオリティ観というものも、文化の相対化と市場原理の中で生き残るためには、移り変わらざるを得ないということを意味するからだ。
そしてふと、生き残るために単純化しだして、ついにはウイルスにたどり着いた細胞のプロセスと重なってしまう。
ダウンサイジング、単純化を繰り返し、ついには代謝や生殖機能さえ寄生先生物のものを利用して、自らの機能は捨て去ってしまったウイルスなるものの「進化」のプロセスとダブってしまうのである。
このところ、何故か生物が生き残りのために示す、DNAの変異や異様な進化のプロセスに興味が行ってしまうのだ・・。
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あけましておめでとうございます。
このところの「エコ社会」志向は「成長」とは何かについて考えさせずにはおきません。
私は企業は成長を志向しなければ生き延びることさえ難しいと考える者の一人です。
さて、生き延びることと、成長に違いはあるのでしょうか。
こんなときは、超単純な生物に注目してみることも意味がありそうです。
芽胞細菌とか、粘菌と呼ばれる単細胞は、生き延びるのに過酷な環境になると、驚くべき生態を見せます。
芽胞細菌は丈夫な殻に閉じこもって代謝活動をすべて止め、次に良い環境が訪れるまで一万年以上もじっとしていたという記録があるそうです。
学部時代、たいして真面目に勉強したわけではありませんが、この芽胞細菌の話とウイルスは進化の結果、余計なものをそぎ落としてここまで単純化したという話は記憶から離れません。
粘菌の方は、最近知ったのですが、生きにくい状況になると、あっという間に胞子を作って、住みやすい場所を求めて飛んで行くといいます。
そしてどちらも結局は成長を再開し、数億年も生き続けています。
企業はもとより、単なる細菌と比較できるものではありません。
しかし、この「生き延びる」ことと「成長」することの意味を本気で考える時期にきているのかもしれません。
SHIFTは今年もアイデンティティ問題を探求し続けます。
「Twitter」掲載中→ http://twitter.com/Takashift
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