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      <title>Noemen est Numen</title>
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      <description>名づけることは知ること</description>
      <language>ja</language>
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         <title>2012年　年頭にあたって</title>
         <description><![CDATA[2012年元旦、あけましておめでとうございます。

昨年大阪市長になった橋下氏が、「不連続性への挑戦」と言い出しました。

当然同志である大阪府知事も同調していますし、東京都の石原知事も支持を表明しています。

愛知県と名古屋市での動きを含めると、日本の3大都市圏で始まった「不連続性」とはいったい何を意味するのでしょうか。

「不連続性への挑戦」とは、中央集権を担う官僚システムと地方の、硬直した「一貫性と継続性」という名の支配構造に対して、破壊的改革を断行しようという運動のスローガンのようです。

長引く停滞感と社会の衰弱感から抜け出したいとの国民の鬱積した感情が背景にあることは明らかですが、「一貫性と継続性」の象徴としての官僚機構に対する嫌悪感が充満しているようにも思えます。

さて私が昔専攻した生命科学と、今生業としている組織のアイデンティティ論から観ると、生体も組織体も実はそれぞれの一貫性と継続性を保持する営みで成り立っています。

生命維持とは、まさに奇跡的に出来上がった危うい内部システムを必死で保持しようという営みに他なりません。

言い換えれば前の日と同じ事を繰り返すことこそが大事な価値なのです。

官僚組織とは、まさにその「一貫性と継続性」を維持するための必須の仕組みです。

官僚が、書いてもいない制度や決まりを勝手に変えたのでは大変なことになります。官僚とは書いてあることに従って「一貫性と継続性」をひたすら守ることを使命とする高度な専門職なのです。

だからこそ、明治維新の直後には江戸幕府の役人が登用されましたし、第二次大戦直後の新体制保持に徴用されたのも戦時体制を維持した官僚たちでした。

ソ連からロシアに変わったときにも旧体制の官僚が多数かかわったといわれています。

結局官僚制とは、無言の体制維持装置であり、アイデンティティを維持する仕組みでもあるのです。

ただ、歴史は「革命的体制変化」によってこそ旧弊を克服しながら進化してきたのも事実です。

DNAに突然変異が起こり、環境変化にしぶとく適応しながら生き延びてきた生物進化の流れを見るまでもなく、不連続な変異は生体や組織の進化には不可欠です。

総合して考えると、一見勇ましく聞こえる「不連続性への挑戦」とは、連続性を遮断することだけを目的化してはうまくは行かないでしょう。

「不連続性への挑戦」とは、要は今の体制に変わる、次の「一貫性と継続性」を保持すべき新たな体制への挑戦でなければなりません。

それこそがアイデンティティ戦略の要諦です。

SHIFT創業以来のスローガン「Generativity（＝次世代価値創造への積極的関与）」とは、まさにそのことを意味します。　

SHIFTは創業21年を迎える今年も「一貫性と継続性」を保持するに足る新たなアイデンティティを創るお手伝いを続けます。

本年もよろしくお願いいたします。

2012年元旦

株式会社SHIFT

小田嶋孝司

<RT>


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         <pubDate>Sun, 01 Jan 2012 11:55:59 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>情報メディアSHIFT</title>
         <description><![CDATA[本日2011年2月1日は、SHIFT HPの大幅更新初日である。

この機会に、日ごろ何気なく使ってきたSHIFT発の様々な文字情報発信メディアの使い分けを整理して見た。

多くのコンサルティングファームはおおよそ似たような発信体系で活動していると思われるので、この整理はそれなりに参考になる部分もあるに違いない。

とりあえず、大学での講義や一般的な講演会は除き、発信頻度が少なく、いわばヘビイデューティなメディアから順に整理してみた。

1：単行本の出版
　　オリジナルの書き下ろしで、これまで小田嶋孝司著で3冊（「シンボリック・アウトプット」「健識経営革命」「日の丸、君が代ってなに？」）の出版実績がある。
創業20年の割には少ないが、一応プレジデント社や毎日新聞社等の著名出版社から上梓している。昨今の出版界の厳しい事情を考慮すると、同じ姿勢で執筆する限りは今後の出版機会はますます希なものになりそうである。
日本デザイン学会編「デザイン事典」（共著）のような特殊な出版物もこのカテゴリーに入れておく。


2：論文集「ジェネラティビティ論」
　　SHIFTの基本理念「Generatelivity＝次世代価値創造への積極的関与」をより深く考察するための基本的概念、たとえば「アイデンティティ」「シンボル」あるいは「コミュニケーション」等を整理した論文集である。
SHIFT HP の「ジェネラティビティ論」バナーからアクセスできる。
これまで｢ac.｣からのアクセスが多いが、英訳版も載せているため海外からのアクセスが非常に多いサイトでもある。
今後も、「デザイン」「アフォーダンス」等重要な概念について骨太な論考を続けてゆきたい。


3：雑誌寄稿/インタビュー
　　「一橋ビジネスレビュー」のような16000字を越す論文から、インタビューへの回答のまとめ記事まで形態はバラエティに富んでいる。掲載頻度も比較的多いメディアだ。
「Mac Fan」等、小田嶋太輔へのスマートフォンアプリやソーシャルネット系の記事依頼も増えており、SHIFT Lab.経由での取材も今後増加が見込まれる。
基本的には編集者側のテーマ設定や編集意図に沿って、研究事例や専門家としての考え方を紹介することをねらいとした発信体系だ。
編集者の目を通しているという点で、比較的客観性が担保されているとみなされる。
時代性と社会的信頼性を測る物差しという意味では大事なメディアである。
優良ストック住宅推進協議会編著「３つ星流通住宅」のような単行本内での専門家インタビューへの回答という形式での記載等も含まれる。


4：BLOG
　　SHIFT では、小田嶋孝司のBLOG 「Noemen est Numen:名づけることは知ること」と、小田嶋太輔のBLOG「SHIFT Lab.」の２つが公式BLOGである。
「Noemen est Numen:名づけることは知ること」は独立したサイトとしてHP上にバナーを貼り、オーソドックスな展開をしているが、「SHIFT Lab.」の方はHOME 自体がBLOGという形態だ。
刻々と変わるソーシャルメディア環境や、新技術進展のスピードをリードしようとする試みである。
内容もトーンも、また発信頻度もまったくランダムだが、更新頻度は少なくはない。


5：Twitter
　　等身大の個人としての感覚や感想を書き綴ったり、気楽にRTするツールとしてTwitterのアカウントもオープンしている。小田嶋孝司はTakashift、小田嶋太輔はodajimalex。
Takashiftのプロフィール欄には、SHIFT WEBとBLOGのアドレスもリンクしてある。
odajimalexの方はより積極的にSHIFT Lab.サイト内に直接掲示し、BLOGとの相乗効果で情報の新鮮さをより高めようとの意図がある。
どんどんアップデートされ、目が離せない情報環境を構築する。


6：FACE BOOK
　　主に海外の友人知人とのネットワークや意見交換の場としてFACE BOOK のアカウントも利用している。
今のところはまだネットワーク構築途上で、ただただ人々との偶然の邂逅に興奮しているレベルにすぎない。
本格展開はこれからだが、英語（時にフランス語、日本語も・・）でのグローバル情報交換メディアを目指している。


さて、サイト全面リニューアルの機会に情報発信体系を整理してみただけなのだが、この順番が実は我々の発信装置の利用史の順番であることに気がついたのである。

そしてそこにコミュニケーション環境の質的変化も見て取れるのだ。

数字順の若いほど、準備期間、下調べ期間を長く必要とすることもよく分かる。

つまり数字が若いほど、計画的で戦略発想下の発信活動といえる。

類似の文献や参考文献を精査し吟味と推敲が繰り返される、手間のかかる作業が必要だ。

一方、TwitterやFACE BOOK 等のいわゆるソーシャルメディアへの参加に近づくにつれ、偶然性や触発性、あるいは突発的な事象へのすばやい反応が強いられる。

これらの新しいメディアは、周到な準備に支えられた「Planned」な発信に対して、「Spontaneous」な、いわば自然発生的な発信体系であることが見えてくる。

そしてここにこそ、いわゆるソーシャルメディアの本質が垣間見られるのである。

周到な準備などしている暇はないのだ。

情報の中身自体は少々間違っていても、即座に修正すればすむ世界だ。むしろ、やり取りから自然ににじみ出る人間としての姿勢や立ち位置、教養や経験の積み重ねなどの方が重要な情報になる。

ここでは、どこかの首相のように「そういった問題には疎いので・・」といった言い訳は通用しない。

なぜなら、人は本当に疎いかどうかとか、よく練られた回答を期待しているわけではまったくなく、その時の即座の反応に人間としての誠実さや、頭の回転の速さ、あるいは切り返しのユーモアのセンス等の等身大の人間力を評価しているにすぎないのだから。

ソーシャルメディアとは、まさにコモンセンスを共有しあい、評価しあう世界であり、その意味では実は新しくも何でもないということが見えてくる。

質的には我々のリアルタイムでの会話や交渉の現場となんら変わりはないのだ。

ただ、時間をおいてアクセスできることと、記録が残ることが大きい。まったくごまかしが利かないのである。

逆に、書きながら新しい概念を練り上げたり、長い孤高の時間の末に何かが創発されるというような言葉との格闘を楽しむことはできない。

結局、我々は今後も上記の情報メディアをすべて使いこなしてゆくことになる。



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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2011/02/shift.html</link>
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         <pubDate>Tue, 01 Feb 2011 08:16:46 +0900</pubDate>
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         <title>ガラパゴス化</title>
         <description><![CDATA[ガラパゴス化ということばがビジネス界で云われ始めて2〜3年になるだろうか。最近ではかなり一般化して使われるようにもなった。

ガラパゴス諸島のような、周囲から隔絶されて独自の進化を遂げた生態系のように、その域内の環境だけに適応して閉ざされた濃い進化を示すことを指す。今やあらためて説明するまでもあるまい。


携帯電話系機器やカーナビなどのように、日本国内の特殊需要に応じて技術的に高度化したものの、国際的な大量需要、低価格需要には対応出来ず、国内だけに封じ込められてしまった状態を指摘することばである。

日本の文化的閉鎖性とか、技術のバーティカルな独占志向、あるいは日本語だけに頼る国民性等々を原因とする一連のネガティブな論調として使われることが多い。最近の国力衰退悲観論を背景として自嘲気味に使われることすらあることばである。


ただ、かつて世界を席巻したカメラや家電、自動車等に施された日本の高度技術が世界の産業界に与えた影響力を振り返ると、閉鎖的文化論だけで片付けられる話とも思えない。

日本の技術はそんなに隔絶された特殊なものではなく、グローバルで普遍的な輝きを発信していたはずだ。

では、なにゆえそんな評価になってしまったのか。

それは、スタンドアローンとして「完結して機能するモノ」としての商品と、一定のプラットフォーム技術の上に通信プロトコールを介して「繋がって機能するもの」としての商品との質的違いが大きいといえるのだろう。

先鋭的な機能を志向する技術は「完結して機能するモノ」の付加価値を高めるのに役だった。
しかし「繋がって機能するもの」はプラットフォームの価値こそが重要だ。したがってプラットフォームの利用量こそがその価値を決める。

技術的な高度性そのものが利用量を阻害する要因であれば、どうあがいても多数決で負けるのだ。

どんなに技術的に優れていようとも、使い勝手が面倒で大衆受けせず価格が高ければ大量には普及しない。

逆に、先にとりあえず膨大な利用量を確保さえしてしまえば、一気にプラットフォームの価値があがり、資金力が生まれ、結果技術的に高度な付加価値開発も可能になる。

事実、Androidを開発したグーグルとiPhoneを開発したアップルが共同で、携帯絵文字の国際規格化を進めているという。圧倒的量を確保した巨大企業が、日本の独自規格を国際規格にしようと動いているのである。

要は、この分野においては技術や文化が問題なのではなく、順番が逆なのだ。


一方、本来得意とする「完結して機能するモノ」の付加価値にしても、中国、インド、ロシア等の市場が主戦場となってからは、事情がすっかり変わってしまった。

「精度や装置はそこそこでいいから安くて丈夫なものがいい」というコンセプトの前では、まだまだ価値観を適合出来ずに呻吟しているメーカーも多い。誇り高き日本の技術者には「品質を落として安くしろ」と云われているように屈辱的に響くらしい。


こうして考えてみると、ガラパゴス化なる現象は文化の特殊性などの話ではなく、市場の超規模化という変化について行けていないだけのことではないのか？

気が付いてみたら市場の規模観がすっかり変わってしまっていたということである。


その前提を押さえておきさえすれば、私はガラパゴス化という名の、ある種個性的な特殊解はもっと評価していいのではないかと思う。

閉ざされた濃い文化といっても、マーケット規模は1億２千万人を対象とする。

10億人以上を対象としない限りはそこそこ成り立つ規模だ。

ガラパゴス化を克服することが重要な分野ももちろんあるが、すべててはない。

例えば原宿界隈で創出される独特のファッション文化は、ガラパゴス化しているからこそ世界の若者をトリコにする。もともと10億人なんかを対象としてはいない。

狭くて濃く、難しい壁に挑戦して達成されたイノベーションを評価することこそが、次なるチャレンジを促すに違いない。

単に、数を増やすだけの技術対応を繰り返していれば、やがては画期的なイノベーションは育たない。

ガラパゴス化なるものを批判的につきつめると、例えば英語以外の言語でのコミュニケーションは意味がなくなってしまう。数が多いという意味で残るのは北京語か、せいぜいスペイン語ぐらいだろうか。


ここで2002年5月の拙稿「コミュニケーション」の一節を紹介したい。
http://www.shift-inc.co.jp/gtl/communication.html

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<em>こういった観点から今の世界を改めて眺めなおしてみると、 「分かり合える」ことが成り立つ同質の基盤は同時に両極に進んでいるように見える。

一つは国際的にどんどん社会が開かれて行く方向である。 同質の基盤が先進国を網羅し、さらに世界のすみずみにまで浸透しつつある。 経済のグローバルな一体化やインターネットの普及とともに、そこでの共通言語基盤は「英語」に集約されつつあると云っていい。 

ただし、ここでも歴史は、一方がもう一方を完全に凌駕することなど無いことを証明しつつある。 「英語」自身が世界語として猛烈な勢いで変質してきているからだ。 「英語」がすでに英国ローカルの言語からはるかに離れてしまって久しい。 さらにインターネット上の「E-mail語」としての「英語」は独自の様式を生み出しつつある。 「E-mail語」のルーツは「英語」である、と云われる時期はそう遠い先の話では無いかもしれない。

 いずれにしろ、ここでは米国文化の浸透が大きい。 グローバルスタンダードとは米国流のいわばデファクトスタンダードにすぎないという批判も、今や一般的だ。 しかし、批判はどうあれ、グローバルに「分かり合える」同質の基盤はますます進展するに違いない。


同時に進行しているもう一方の基盤の変化は、閉じた社会への志向である。 多数の閉じた系の出現と言い換えてもいいかもしれない。

インターネット上の様々なコミュニティや地域通貨（その地域の有志の間のみで流通する通貨）などの登場が象徴的である。 フランスの大統領選挙で衝撃を与えたルペンの強烈な民族主義や、ウサマ・ビン・ラディンの原理主義の底流にも共通する志向だ。

 開放系への生理的な抵抗感は、単なる米国スタンダードへの嫌悪だけではない。 居心地のいい自分たちだけの基盤を守りたいという意志は強い結束と共感を呼ぶ。 永田町や霞ヶ関に跋扈する「抵抗勢力」の本音もここにある。

しかし、閉じた濃い社会へ向かう働きと、開いて薄めようとする働きの同時進行は「コミュニケーション」の本質的働きであることを忘れてはならない。

 いくらグローバルな基盤だとしても、もしそれが単なる米国文化スタンダードにすぎないとしたら、それ自身が閉じた濃い系への指向を意味してしまう。
 閉じているか開いているかは規模の大小の問題ではないのだ。 一極集中を避ける原理こそ「コミュニケーション」の本質的働きなのである。


人は、あうんの呼吸が通じる閉じた社会の方が居心地がいいに違いない。 しかし、その閉じた濃い社会は放っておくとやがて澱み、退化してしまうことも知っている。 結局は新たな地平へ向かって開いて行かざるを得ないという洞察もまた人間の知恵なのである。

アイデンティティ＊をめぐる諸問題も、大ざっぱに云ってしまえば、 閉じた世界観と開放系世界観との葛藤の中に発生するといえるだろう。

繰り返すが、「コミュニケーション」には閉じる力と開く力の両方の働きがもともと含まれている。 なぜそういった働きが生まれるかといえば、 「コミュニケーション」には「ジェネラティビティ」に向かう人類の知恵が潜んでいるからだ。 
恐れずに異質さを取り入れ、それと均衡する満足を相手に与えることこそが、停滞を超えて次世代に新しい価値をもたらすことを可能にする。 

「ジェネラティビティ論」を理解するための用語としての「コミュニケーション」はこういった意味でとらえておくべきだ。</em>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ガラパゴス化を克服し開かれた世界へ挑戦する動きと、ガラパゴス化そのものとは、ともに歴史的必然を内包する重要な価値なのだと読み解きたいのである。





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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2010/12/post_68.html</link>
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         <pubDate>Wed, 08 Dec 2010 12:19:31 +0900</pubDate>
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         <title>アイデンティティの感覚</title>
         <description><![CDATA[アイデンティティの問題を理論的に解析しようとするとき、一般的にはE.H.エリクソンが組み立てた体系に依る場合が多い。

したがって、E.H.エリクソンがそうであったように、心理学や精神分析学の識見を必要とする。

例えば人は誰にでも出身地とか、両親やDNAとか、自らでは選択の余地も変えようもない属性がある。

誰しも、親兄弟や、たまたま生まれ落ちた地の言語や文化を自ら選ぶことは出来ない。

一方で、例えば学校の専攻とか職業や結婚相手等、自らの意志によって選択が可能な属性から生じる自己認識がある。

自らの意志と努力で、外国の言語をマスターすることも可能だし、その気になれば自分で職業を選ぶことだって出来る。

この両者の間に生まれる距離感と葛藤をどう克服するかが、人間のアイデンティティに関する最大の問題領域なのだ。

その距離感が少なく、比較的そのギャップに悩まない人ほど、アイデンティティは安定的だと言える。

コーポレートアイデンティティについても、理論的には同じ構図で眺めると分かりやすくなる。

企業の創業の時の経緯や規模、創業者の個性や理念等のあらかじめ決定づけられた属性をまずは明示する。

今ある企業の原点とかDNAとか呼ばれるものだ。それまでに確立している企業イメージであったりもする。

そしてそれとは別に、経営環境の変化を踏まえて今後はこうありたい、あるいはこういうイメージの会社として観られたいという、未来のビジョンを意識的に描いてみる。

それはどんなに難しそうに見えたとしても、自らの意志と覚悟と努力によって実現が可能な世界観である。

その２つの間に生じるギャップが大きければ、アイデンティティクライシスを起こすもとだと捉えられる。

そのギャップをどう埋めて行くかが、アイデンティティ戦略の問題領域となるのである。


私には、アイデンティティ問題を理論的に捉えようとするとき欠かせない学者がもう一人いる。

それは、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したオーストリアの物理学者・哲学者、エルンスト・マッハである。

アインシュタインの相対性原理に対する直感的先駆者とも云われているが、我々にとってもっともなじみのあるのは、音速の単位に彼の名前が使われていることであろうか。

私は若い頃、彼の著書「感覚の分析」をこの上なく難解な翻訳本で読んだ覚えがある。

当時の哲学書の翻訳は、何かことさらに難しい漢字や言い回しが多用されていて、そこにこそ学問の権威が凝縮されているとでも言いたげな近寄り難さを漂わせていたものである。

かといって、ドイツ語の原書はさらに近寄り難かったのだから、その難解な文章と格闘するしかしょうがなかった。

で、マッハが唱えていたのは、ものの恒常性を感じるとる感覚の問題である。

一つのもの、例えば目の前の机は分析的に観察すれば、色や素材や手触り、あるいは伴う思い出や様々な感情によって認識されている。

しかし、その机の表面に大きなキズが付いたり、足が一本欠けたりしたとしても、依然としてあの同じ机として認識され続ける。

分析的な要素の集合から見れば、すでに同じものでは無いにもかかわらずである。

つまり、目の前の机を構成する様々な要素、伴う思い出や感情のいくつかが少々変化しても、見慣れたあの机として認識してしまう能力が我々の頭の中には備わっているのである。

その総体として恒常的で変化の緩慢なものに、我々は一つの名前を冠する。この場合は「あの机」だ。

人は、ものの構成要素をその都度分析するのではなく、ひとまとめにして全体的なある実態として考えるのである。

この一つの名前に向かう目的をもった、変化の緩慢な、漠然としたイメージの正体こそブランドを支える構図そのものである。

しかし、一方で人はやはり、そのものが備える色や形や匂いや手触りなどのメルクマールを総動員して分析的に認識することをやめるわけではないのだ。

そして、全体的にバクっと捉えるある恒常的な総体と、細かな要素に分解して捉える要素還元型のとらえかたの間を自由に行き来するものなのだ。

宇宙から見る地球は明らかに一つの球体である。

球体であるという点において、サッカーボールや、ピンポン球とでさえ同類に認識することが出来る。

地球は、宇宙に浮かぶピンポン球のようなものだと云いうるのである。

しかし、我々はいつでも自由にその視点を急降下させることが出来る。

宇宙の高みから、アマゾンの熱帯雨林や、サハラ砂漠の中に一気に分け入って細かく地球の属性を俯瞰できるのだ。

さらに、小川のせせらぎや、小石や、そこで泳ぎ回る小魚たち、河原のこけのそばに咲く可憐な草花にまで肉薄してディテールを確認することが出来る。

そして、そのどれもが、地球の属性なのである。

結局私たちは自ら見たいものを、見たい時に、見たいように見ることが出来る。

この対象に迫るとてつもない人間の能力こそが、アイデンティティを捉える感覚なのだ。

私たちはこの能力を自在に駆使して、ブランドとか、デザインとか、あるいは企業イメージなどという捕まえにくいものを扱っている。

アイデンティティの感覚がマーケティングの一角でこれほど活躍する日が来るとは、かのエルンスト・マッハも、E.H.エリクソンも想像だにしなかったに違いない。


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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2010/05/post_67.html</link>
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         <pubDate>Wed, 26 May 2010 17:01:32 +0900</pubDate>
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         <title>仮説</title>
         <description><![CDATA[仮説を立ててから具体的作業を組み立てるというアプローチをとることがよくある。

たとえば何かの調査の時などは、やみ雲に調べてから分析をし、そこで発見された疑問を検証するためにさらに調査を重ねるというのでは、時間も費用もかさんでしまう。

そこで、長年の経験と最近の様々な伝聞や2次情報などから、結論のおおよその見当を先につけてしまい、仮説と呼ぶ。

この場合、調査とはその仮説が本当かどうかを調べることを意味する。

したがって設問の設計もしやすいし、調査対象の数や属性も絞りやすい。

結論は概ね仮説に沿ったものになるから、理解しやすい報告書にまとめるのにも極めて効率がよい。


仮説とはもともとは科学の分野で使われる、いわば直感をさす。

ノーベル物理学賞を受賞するようなレベルの科学者は、天恵のような突然のひらめきに導かれたというエピソードに満ちている。

科学者は突然訪れたそのひらめきの実証のために何年もの時間を費やして実験を重ね、世界に認められる論文に仕上げるのだ。

仮説とは、このような天才的ひらめきに拠を置くから、いくら２次情報をもとに推論して組み立てたとは云っても、我々レベルが仮説という語を使うと、どうしても少々傲慢な響きがただようものだ。

私はそのことを強く認識しているので、このことばはかなり注意深く使うようにしている。

仮説に傲慢さが加わると、どんなに科学的にアプローチしたと云ってもそれは単なる偏見となりがちなことも知っているからだ。

この仮説が、高速道路の利用状況予測や、地方空港の乗降客数予測などに適用されると、偏見というより、希望的観測となり、調査を恣意的にそれに合わせてしまうことさえ出てくることになる。


民族学とは、まさにその偏見と希望的観測にみちた仮説から始まったものだ。

西欧の民族が、それ以外の民族よりも優れているのは（18世紀以降のヨーロッパには蒸気機関等自慢の技術的成果があり、民族的に世界の他の地域の住人に優ると信じていた）、何らかの人種的な特徴に差があるはずだという仮説を証明しようとして始まった。

身体的特徴の差異について徹底的に調べ上げた。

その過程では有色人種への蔑視等新たな人種偏見も生まれた。

そして200年にわたる民族優劣の仮説研究の末、行き着いた結論は民族の差異とは文化の差異でしかないということだった。

文化人類学はそこから始まり、代表的文化人類学者であるレビ・ストロースの立ち位置もそこにあるのである。


直線的な進化の過程に関する仮説が生まれた元は1万年前の農業革命にある。

農業と定住がはじまり食料供給の安定化から、定住人口の驚異的な増大が始まったからである。

これを革命的な進化と観たのだ。

そのステレオタイプの直線的進化仮説は300年前の産業革命によってより強固に理論化された。

分業が始まり、専門家が分化され、市場が形成され、再生不可能なエネルギーに依存するようになった。

この直線的パースペクティブから、我々は進歩の過程のどこにいるかとか、この後どこに向かうのかを論じるようになった。

しかし、ようやく分かってきたことは、各民族の位置は進歩とか遅れではなく多様な方向に向かう選択の一つでしかないということである。

例えば、農業に伴う定住者が集中したことを契機に伝染病が蔓延し、時にとてつもない規模での人口減少を伴うことになった。

このリスクはエイズや新型インフルエンザに形を変えて、現代にも依然として続いている。

それに引き替え狩猟民族や採集民族は伝染病が人に蔓延するのを防ぐように出来ていた。

安定した食料や人口の集中を得る事は出来なかったが、疫病の蔓延による家族知人を一挙に失うという悲劇は回避されたのである。

人間の生き方として、どちらが幸せなのかは、にわかには判断しかねる。

それぞれが得るものと失うものについて無意識に別の選択をしたというだけのことだ。

産業革命においても協同家族が分裂、家庭労働は主婦に集中し、個人も生産者であり消費者でもあってかつ家庭人でもあるという立場に自己分裂を余儀なくされた。

物質的な充足と引き替えに、一方で心の充足を失う選択をしたと言えるかもしれないのである。

再生不可能な化石燃料使用の増大も含め、実に多くのものを代償として失う選択をしてきたことに気付いたのはつい最近のことである。

再生可能なエネルギーと自家消費のための生産、そして家族全体が経済単位としてともに働くという前近代の生活スタイルを再選択する人々が「先進国」の中に増えているのも、近代が進歩ではなく選択だったと気付いてからだ。

こうして直線的進化という名の仮説は力を失ったのである。


この偏見に満ちた仮説の一つには、脳の問題もある。

優れた業績を残した天才的人物の脳には何らかの形態的な差異があるはずだという仮説である。

体積、重さ、表面積やしわの数等々、あらゆる物理的形質的特徴が世界的規模で徹底的に調べられた。

養老孟司氏によると、東大の解剖学教室にはいまだに様々な偉人の脳の標本が保管されているという。

これも結論的には何の科学的根拠も見いだせなかったようである。

仮説という名の合理的な推測がいかに偏見と隣り合わせにあるものなのか、我々は深く自己検証する必要がある。


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         <pubDate>Mon, 15 Mar 2010 17:19:00 +0900</pubDate>
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         <title>時間感覚</title>
         <description><![CDATA[正月らしい所作に出遅れて、落ち着かないまま気がついたら2月、節分さえ過ぎてしまった。

年末来珍しくバタバタ飛び歩いたり、Twitter（http://twitter.com/Takashift）で遊んでいる間に、時間が飛び去っていったというのが本当のところだ。

TwitterでTLを辿っていると、情報の経過するスピードに圧倒されることがある。

まさに光陰矢のごとしである。

時間についての話には、この光陰と矢は昔からつきものである。

光陰とは昼と夜、要は規則的な繰り返しがあってこそ初めて時間を認識できることを意味している。

カウントが出来る刻みがなければ、我々の時間感覚などとてつもなく怪しいものだ。

だからプリミティブな時代の時間の流れは、季節によって違っていた。

単位となる刻みのほうが伸び縮みするのだから、当たり前だったのだろう。

ゆっくりと大陸を移動する分には時差など感じることもなかったはずだ。

ガレリオの発見した振り子の周期性から振り子時計が生まれて、時間の概念は機械的な刻みに委ねられるようになった。

我々の時間感覚は矢印が指し示す1から12までの数字に依存するようになったのだ。

生理的、心理的感覚よりも物理的な、何か超越的なものに頼らなければ時間を語ることが出来なくなった。

その後生まれた、ニュートンの絶対時間という概念は、ごく当たり前のように浸透し、今でも世界中の常識的時間概念を支配している。

つまり宇宙のあらゆるものは、全く同じテンポで何ものの影響も受けずひたすら時を刻んでいて、始まりも終わりもないという考え方だ。

20世紀に入ってから、アインシュタインの相対性理論によって、早く移動したり、強い重力の場におかれた時計はゆっくり進むことが示されたが、ピンときている一般人は少ない。

最近の先端科学では我々の生活感覚からますます離れる形で、時間が考察されているようで、すでに哲学の領域に入っているようにさえ見える。

逆に言えば、時間にはまだ科学の研究余地が大きく残されているということ。あんまりよく分かってはいないと言った方がいいのかもしれない。


一方、光陰矢のごとしの矢の方は有名な「ゼノンのパラドクス」を思い起こさせる。

飛んでいる矢の一瞬の時間を止めて見ると矢は止まっている。

時間は一瞬の連続だから、一瞬一瞬の静止している矢を辿れば矢は飛ぶはずだ。

しかし、各瞬間の矢は止まっているのだから、止まっている矢をいくら辿っても飛ぶことはできないという話だ。

光陰矢のごとしのたとえは、時間は固まってしまうというふうにもとれるのだ。


子供の頃の私はこの時間というものが不思議でしょうがなかった。

食べたり怒ったり喜んだりしていた瞬間が、あっという間に過去のことになり思い出す対象となってしまうことが不思議で不思議でしょうがなかったのである。

今この瞬間自分の時間感覚で最先端に居るのに、しばらくするとそれは過去の感覚として流れ去って行く。

確か11歳のある日の朝、和式トイレにまたがって目の前の板壁の節目を眺めながら、「この瞬間を一生覚えておこう！」と突然決意した。

その時は想像も出来ない未来に必ずこの瞬間を思いだそうと思った。一種の脳内タイムカプセルを作ったことになる。

そして、数年おきにその瞬間を突然思い出すことになる。

30歳前後までは、その瞬間や板目の節の形やシミ、白い陶器の縁のカーブなど鮮明に覚えていた。

しかし、最近は鮮明に覚えていたという事実を思い出すことはあっても、記憶の中の板目の模様には自信がない。

今年も早かったとか、いつの間にか桜の時期になったとか、あるいは気がついてみたらあれから10年も経っていたという感覚は、同じ周期で繰り返される刻みを頼りに感ずるものだ。

11歳の時の1年と、現在の１年の刻みは同じでも過去の持ち時間に占める割合は圧倒的に違う。

心に深く刻んだはずの脳内タイムカプセルも時間と共に文字がにじんで読み取りにくくなってきた。

光陰矢のごとしの矢が、再びゼノンのパラドクスに迷い込み、固まってしまうことがあるのだ。



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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2010/02/post_65.html</link>
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         <pubDate>Fri, 05 Feb 2010 12:49:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>クオリティ・ダウン</title>
         <description>HONDAが「2011年にインドで生産を始める小型車で、現地製の鋼板を初めて採用する」と発表した。

TOYOTAも11年からインドで生産する車種で現地製鋼板の採用を本格化するという。

日本製より２〜３割安い鋼板を使って価格競争力を高める狙いと解説されているが、私は「ジャパン・クオリティ」を掲げてきた日本製造業にとって、大きなエポックと観る。


日本の製鉄業（高炉メーカー）は世界に冠たる品質を誇っているが、その礎は昭和２０年代後半、当時の若きエリートエンジニア達が、アメリカにわたり、必死に「現場で」学んだところにある。

日本を代表する製鉄メーカーのトップから直接お聞きした話だが、アメリカまでプロペラ機で太平洋の島伝いに給油を繰り返して渡航した当時、まだミッドウエーの海域には撃沈された日本の戦艦が縦に突き立っていたという。

彼らは当時世界最先端、最大の製鉄メーカー、USスチールで研修した。

日本復興に燃えていたエンジニア達は、安いYMCAに泊まり、研修後毎日部屋に集まりそれぞれの学んだ内容を発表し合っては、技術的な意味を深夜まで議論したという。

研修といっても、デスクワークで講義された理論的な話は、エリートエンジニアの彼らには学ぶべきものはないと、すぐに見抜いてしまった。

その後は「現場研修」に集中し、工員達の職人技に注目した。

高炉の熱制御のダイヤル操作でも、その指の動きや微妙なダイヤルの動かし方に注目し、その意味を理解出来るまで何度も凝視を続け、徹底的に議論したという。

その結果、帰国数年で、昭和３０年代頭には粗鋼の総生産量でアメリカを抜いてしまった。

そしてその後のクオリティ追求は世界の追随を許さなかった。

例えば、高炉の熱制御技術を支える無数の熱センサーコントロールに最初に大型コンピューターを導入したのも製鉄メーカーであったし、日本の自動車産業の発展を支えた薄板鋼板の厚みを0.5mmと1mmの間に0.75mmなどという世界の常識を破る繊細な厚みのロールを可能にしたのも彼らであった。

このひたすら技術精度を高めるという信念は、製造業現場の信仰に近いものとしてあらゆるメーカーに伝播していった。

こうして1980年代、自動車メーカーは、同じ信仰を持つ部品メーカーを根こそぎ引き連れてアメリカに進出したのである。

0.75mmを可能にした薄板技術はその信仰の基盤でさえあった。

主にアメリカを中心とした先進国をターゲットとしていた自動車メーカーにとって「クオリティ・アップ」という信仰は揺るぎなく、技術者の誇りの源でもあった。

ところが、マーケットが中国を中心とするいわゆるBRICsに移行し始めてから、この信仰が初めて揺らぎ始めた。

安く、実用的でさえあれば、そんなハイ・クオリティは要らないと云われ始めたのだ。

車のドアとボディの隙間が上から下まで均一に1mmである必要はないからもっと安くしろ、などと云われたことはなかった。

この解決は簡単なようで、実は簡単ではない。

クオリティ・アップに比べて、クオリティ・ダウンの方がむしろ難しいのだ。

技術者のモラルを支える文化の変更、信仰の変更を意味するからである。

それまで技術を学んでいた相手を、指導する立場に変えたという誇り高き歴史を担った人々なのだ。

ただ、その当時のアメリカの技術屋にしてみれば、どんなに屈辱的な思いを噛みしめたものか、逆の立場で考えてみると分かる気もする・・。

いうなれば、中国の技術屋が、突然日本の工場に現れてたどたどしい日本語で日本の技術屋を指導し始めたようなものなのだから。


揺るぎない高品質信仰に対して、オーバースペックとか、過剰品質とかのことばが浮上しだしたのは、1990年代半ばに入ってからであろうか。

「そこそこの品質でいいから、コンパクトで安く」というコンセプトが日本メーカーになじむのは無理かもしれないとさえ思われてきた。

大手自動車部品メーカーのビジョンづくりなどをお手伝いしたときにも、この問題を長い時間かけて議論した。

技術屋集団からは「手抜きをしろというのか？！」という怒りがあらわになったものだ。

2、3年前のことだが、結局結論は出せなかった。


そういう経緯を経験しているだけに、冒頭のHONDAやTOYOTAの発表は衝撃的だった。

つまり、日本のクオリティ・コンセプトが変わるかもしれない。いや、10年以上かかって変わったということなのだろう。

単に価格競争力を高める狙いだけに収まらない文化大革命なのかもしれないのだ。

クオリティ観というものも、文化の相対化と市場原理の中で生き残るためには、移り変わらざるを得ないということを意味するからだ。

そしてふと、生き残るために単純化しだして、ついにはウイルスにたどり着いた細胞のプロセスと重なってしまう。

ダウンサイジング、単純化を繰り返し、ついには代謝や生殖機能さえ寄生先生物のものを利用して、自らの機能は捨て去ってしまったウイルスなるものの「進化」のプロセスとダブってしまうのである。

このところ、何故か生物が生き残りのために示す、DNAの変異や異様な進化のプロセスに興味が行ってしまうのだ・・。



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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2010/01/post_64.html</link>
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         <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 15:24:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>2010年 新春のご挨拶</title>
         <description><![CDATA[あけましておめでとうございます。

このところの「エコ社会」志向は「成長」とは何かについて考えさせずにはおきません。

私は企業は成長を志向しなければ生き延びることさえ難しいと考える者の一人です。

さて、生き延びることと、成長に違いはあるのでしょうか。

こんなときは、超単純な生物に注目してみることも意味がありそうです。

芽胞細菌とか、粘菌と呼ばれる単細胞は、生き延びるのに過酷な環境になると、驚くべき生態を見せます。

芽胞細菌は丈夫な殻に閉じこもって代謝活動をすべて止め、次に良い環境が訪れるまで一万年以上もじっとしていたという記録があるそうです。

学部時代、たいして真面目に勉強したわけではありませんが、この芽胞細菌の話とウイルスは進化の結果、余計なものをそぎ落としてここまで単純化したという話は記憶から離れません。

粘菌の方は、最近知ったのですが、生きにくい状況になると、あっという間に胞子を作って、住みやすい場所を求めて飛んで行くといいます。

そしてどちらも結局は成長を再開し、数億年も生き続けています。

企業はもとより、単なる細菌と比較できるものではありません。

しかし、この「生き延びる」ことと「成長」することの意味を本気で考える時期にきているのかもしれません。

SHIFTは今年もアイデンティティ問題を探求し続けます。


「Twitter」掲載中→　http://twitter.com/Takashift


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         <pubDate>Mon, 04 Jan 2010 12:36:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>パレート最適</title>
         <description><![CDATA[パレート最適とは、ヴィルフレド パレートVilfredo Pareto（1848-1923）という、スイスのイタリア人社会学者で経済学者が提唱した概念で、ミクロ経済学やゲーム理論等に登場してくる。

限られた資源（利益）の複数の配分において、均衡がいっぱいいっぱいにとれていて身動きができない状態を指す。

この状態では、誰かの利益を損ねることなしにはいずれかだけの利益を高めることはできない。

ただ、逆にみればこの状態こそが、各々の利益がめいっぱい満たされているとみることもできる。

一見対立関係にありながら、実はその関係の成り立ちこそが各々に最大の利益をもたらしている状態をさすのである。


世の中にはこれが結構多い。

気鋭の科学論学者米本昌平氏の「調査捕鯨は即刻中止すべし」という鋭いコラムに登場したので、ひさしぶりに注目させられた。

「農水官僚は調査捕鯨という小利権を死守し、シー・シェパードなどの反捕鯨組織には世界中から募金が集まり、日本やオーストラリアの国会議員は、IWC総会やシー･シェパードの妨害があるたびごとに自国のために奮闘している姿がテレビに映し出される」状態を指していた。

それぞれが十分な利益を享受しうる均衡状態にあるので、事態が動くことはない。

対立しているようでいて、当事者それぞれが最大の利益を享受しているのだから、むしろ事態は動かない方がいいのである。


自民党政権時代の「野党」「マスコミ」「霞ヶ関」なども典型であった。

政権交代が長いこと起きなかったのは、まさにこの「パレート最適」があったからだ。

今年の政権交代によって、ここからはじき出されてもっとも慌てふためいているのが「マスコミ」である。

米国追随外交を批判していれば済んでいた、パレート最適依存下にあった論調をどう「自律的に」変換すべきなのか？。

いまや「アメリカが怒っている！どうする鳩山政権？！」と叫んだとしても、少しもジャーナリストの批判精神が見えてくるわけではない。

「じゃあどうすればいい？」という問いに自律的な答えを用意しているわけではないのだからさっぱり迫力はない。

パレート最適時代が去って、もっとも困っているのが実は今のマスコミなのだろう。

それに比べると、財務省を中心とした官僚軍団はすでに次の「パレート最適」をリードすべく動き出しているように見える。

政権側がこの巻き返しに抗しうるのかどうか、来年が正念場なのだろう。

こんな時には必ず「天皇」が登場するのも日本の歴史の特徴だ。

よく考えてみると、「秩序」「地域の安定」「抑止力」あるいは「保守」などということばがめざすものとはまさにこのことを指すに違いない。


そしてどんな秩序も、パレート最適も、いつか破局をむかえることになることもまた確かである。

歴史がそれを雄弁にもの語っている。

そして、その事象をすっきりと説明してくれるのがカタストロフィーの理論だ。

安定した均衡状態の水面下で、じわじわと重心移動が進んでいて、ある日突然、反対側の事象の方にポーンと飛んで行ってしまう。

チェンジが起こる。革命が起こるのだ。

そして、この「パレート最適」も「カタストロフィー」も共に数学の関数で説明される。

数学的な明晰な説明はとても心地がいい。すっかり世界を理解したような気になれる。少なくとも私には。

ただし、どんなにすっきりと理解した気になったとしたとしても、「で、我々っていったい何をやっているのだろう？」という思いから抜け出すこともまた出来ない。少なくとも私には。

「パレート最適」はゲームの理論に登場する。有利と不利の選択肢を巡る人間行動の話だ。

これを「ゲーム」と呼ぶなら、我々の行動は全部ひっくるめて「ゲーム」による時間つぶしなのかもしれない・・。

振り返ってみると、今年も「ゲーム」に明け暮れているうちに、あっというまに年末を迎えてしまった。

まあ、「ゲーム」のおかげで、たいくつをしなかった事だけは確かかもしれない。


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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2009/12/post_63.html</link>
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         <pubDate>Fri, 25 Dec 2009 11:02:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>クロード・レビ・ストロース</title>
         <description><![CDATA[文化人類学者で構造主義哲学の中核でもあったレビ・ストロース氏が、10月末に亡くなった。

満100歳であった。

1960年代末、私の学生時代には、パリ５月革命の先頭に立ったサルトルの実存主義を越える思想として、新鮮な響きを持って迎えられたものである。


私が専門としている企業のアイデンティティを探るなどという定性的作業は、文化人類学的なリサーチ手法の助けを借りずには、到底分析など出来ない。

いわば実務上の必要に迫られて、再度その著作に接することになったのは30歳を過ぎてからである。

各組織体にある固有の企業文化にも、注意深くその構造を探ってみると、閉ざされた社会に共通の人間の営みの普遍的構造があることが浮かび上がってくるものだ。

もちろん、体系だったリサーチ手法などといわずとも、企業の風土というものを直感的に探っていた例は以前からあったことも確かである。

例えば、VANの創業者で服飾デザイン界の草分けでもあった石津謙介氏と、ある企業のユニフォーム開発コンペの選定委員としてご一緒する機会があった。

その時、ユニフォームデザインを依頼されたとき、その企業の風土を知るもっとも手っ取り早い方法は、その会社の社員食堂に行って、カレーライス等のごく一般的なメニューを味わってみることだとおっしゃっていた。

おそらくは独自の経験と鋭い感性から、その組織の感受性や判断基準などがどこに現れるかを識っておられたのだと思う。

細かい手法はともかく、一見脈絡のない様々な神話や民話のストーリーを、ジグソウパズルのように組み合わせて俯瞰すると、 その社会をよりよく存続させる知恵の全体像が浮かび上がってくるという観察法は、実に示唆に富んでいた。

社員食堂のカレーライスは、そのジグソウパズルのピースの一つである。

応接室の花瓶の水の汚れや、トイレの掃除具合、あるいは工場の工具の整頓度合いなど、全体を俯瞰する視点と経験に導かれ、それらのピースの一つ一つは徐々に増えて行った。

節税対策としての利益の使い道や、貢献度評価の視点、失敗責任の取り方などのピースの集合が個々の文化の特徴と同時に、経済組織共通の価値観なども浮かび上がらせてくれた。

もちろん、企業の文化分析においては、レビ・ストロースの研究の緻密さや背景の知識の厚みにおいてははるかに劣る部分もあったし、時には構造人類学とは似て非なる浅薄な手法に頼ったことも否定は出来ない。

しかし、あらゆる組織文化には「構造がある」という見方こそ、レビ・ストロースから学んだものであった。

その構造を導き出してそれに名前を付け、変えて行くべき方向付けをし、シンボリックアウトプットに載せてコミュニケーションを図るという仕事が、私の役割だと心得てきたのである。


さて、今後はジーンズの「LEVI’S」ブランドを見るたびに、彼の親戚の英語読み苗字であったというたわいのないエピソードを思いおこすことになるのかもしれない。

あるいは、源氏物語の話題に触れるたびに、何故彼があれほど深く日本の古典を読みこむに至ったのかに思いを馳せることになるのかもしれない。

いずれにしろ、彼が思索し、発信を続けた20世紀という時代が彼の思想をどう構造的に位置付け、それに導かれた有形無形のアウトプットが歴史の構造によってどう評価されるのか、静かに見守ることになるのだろう。

無形のささやかなアウトプットの一つに、私が数十年をかけて取り組んできた作業も含まれていると密かに感じているのだから。

合掌。


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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2009/11/post_62.html</link>
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         <pubDate>Mon, 30 Nov 2009 12:21:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>君子豹変</title>
         <description><![CDATA[「君子豹変」とは「大人虎変、君子豹変、小人面革」という易経の有名な一節からの引用である。

アカデミックな解釈は諸説あるらしいが、意味はおおよそ以下のような解釈が一般的といっていいだろう。

大人たる偉大な指導者は、虎が季節にあわせて毛皮を換えるように鮮やかに変化するもの。

また君子と呼ばれるようなすぐれた人物もまた、豹が見事に毛を生え変わらせるように、自分自身の考えや行いを瞬時に切り替えることができる。

それに引き替え、小人と呼ばれるような凡人は表面的には換えたように振る舞うが、本質はまるで変えられない。

どちらにしても、瞬時に判断し変化することそのものはいい方向で捉えていると解釈していいようだ。

そして、このうち、何故か「君子豹変」だけが四文字熟語のように普及した。


さて、民主党政権に変わって一ヶ月余、野党時代や、マニフェストに謳っていたことと変節してきたと最近云われることが増えた。

批判的には「変節」とも、「約束違反」とも呼ばれるが、一方で「君子豹変」と云われることもあるようだ。

君子豹変とは、「君子」であるからこそ「豹変」したという意味もあるが、逆に「豹変」したのだから、「君子」なのかもしれない、という見方にも受け取れる。

後者には若干シニカルな響きもあるが、概ね好意的ではある。


昔、フランスのミッテラン氏が野党社会党の時代、核兵器は絶対廃棄と主張して大統領選に挑み、見事当選した。

大統領就任後しばらくして、フランスは引き続き核兵器を保持すると明言して大騒ぎになったことがある。

記者会見で理由を追及されたとき、ミッテラン大統領は「大統領になってみると見方は変わる」と、堂々と言ってのけた。

権力の中枢とか、官僚のすごさとか云われるものの本質は何かというと、扱う「情報の量と質」と云っていい。

「質」とは、「人より先に知る」ことと言い換えてもいいかもしれない。

もとより、私は権力の中枢にいたことなどないが、権力の中枢と呼ばれる組織と短い期間ながらおつき合いした経験はある。

その時、この「質」のすごさに驚いたことはある。

霞ヶ関中枢にいる複数の要人とのミーティングはかなり事前にセットされるのが普通である。

あるとき、たまたまその日が交通ゼネストの予定と合致してしまったことがあった。

ずいぶん昔の話で、最近では「ゼネスト」と云っても意味の分からない若者もいるに違いない。

予定の一週間ほど前には、テレビ、新聞の報道はヒートアップし、その日の首都圏は完全に麻痺すると伝えられた。

要人複数とのスケジュール調整はそう簡単なことではないので、当然、日時変更の打診を行った。

その時、先方の担当は、「ちょっとだけお待ち下さい」と一旦電話を切った。

そして、数時間後の担当者からの電話では「このゼネストは回避されますので、予定はそのままにしておいて下さい。またこの件は絶対に口外しないで下さい」と強く念を押されたのである。

半信半疑のまま、当日の前夜に突入。テレビでは、会社に泊まり込む一般会社の社員用に貸し布団屋さんが大忙しである様子や、都心のビジネスホテルが満杯であることなどがかしましく報道されていたものである。

そして、その日の未明、労使交渉がギリギリで妥結し、ゼネストは回避された。

後で、ほかの中枢機関の消息通に聞いた話では、そもそも労使交渉は事前に落としどころが決まっていて、労働組合幹部たちは組合員に頑張りをみせるために徹夜での交渉を演出するものなのだという。

したがって、妥結は多くの場合、未明の始発時間前になる。

そして、中央官庁の中枢の連中にはその情報が事前に伝わるものだというのであった。

よく考えてみれば、同じ情報を掴んでいる者と、そうでない者との差は極めて大きい。

経済的損失、あるいはその気になれば得られる経済的メリットもすさまじいものがある。

権力の中枢とはそういうことなのだ、と痛感させられた。

例えば、事前申請が必要な様々な大型建設計画などは、当然何年も前から知るべきところには知らされる。

そもそも計画を立案する立場にいればずっと前に知ってしまうわけだから、その気になればインサイダー取引などやりたい放題である。

まあ、政権政党の議員はそうやって利を得てきたことも確かであるし、引き替えに天下り先をせっせと作ることに手を貸してきたことも事実である。


ただ、問題はそんな話ではなく、権力中枢に日々流入し、貯えられている情報は半端ではなくスゴイものがあるだろうということである。

野党時代には触れられなかったそれらの情報に接することになった「君子」が「豹変」せざるを得ない事態になることは想像に難くない。


さて、振り返って民間会社の経営中枢にだって、一般社員に比べればとんでもない量と質の情報が流通していることは確かである。

「豹変」を繰り返すわがリーダーが、「君子」故なのか、それとも単なる「優柔不断」なのか、にわかにには判断つきかねるところが、「小人」には辛いところである。


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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2009/10/post_61.html</link>
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         <pubDate>Fri, 23 Oct 2009 12:22:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>マル９</title>
         <description><![CDATA[プロジェクトの内容によっては、海外の著名デザイナーにデザインを依頼したり、コンペに参加してもらうことがある。

コーポレートブランド・デザインを依頼する場合が多いので、そのブランドの意味を英語で丹念に説明しなければならない。

あるとき、イギリス人の高名なグラフィックデザイナーを大型サインの掲げてある現場へ案内するために、「東急」の電車に乗った。

彼は英文ブランド「ＴＯＫＹＵ」に目をとめ、「どういう意味か？」と質問してきた。

都市名「ＴＯＫＹＯ」に似ていることもあって、その意味に大きな興味を示したようだった。

ただ、私の英語力の乏しさを差し引いても、正確に説明するのはそう簡単ではないことを痛感した覚えがある。

説明にはこんな組立が必要だ。

まず、「ＴＯＫＹＵ」の正式社名は日本語で「東京急行電鉄」ということ。意味を英語でいうと、「TOKYO EXPRESS Rail Way 」ということだ。

日本語では、長い名称を略して短く発音する習慣があり、会話の効率を高める。

「東京急行電鉄」も、もともとは「東京急行電気鉄道」の「電気鉄道」部分を略したものだ。

「鉄道」も、もとをただせば「鉄軌道」を略したものである。

同じ例でいえば「東レ＝Toray」は「東洋レーヨン」を略したものであり、「テレフォンカード」は「テレカ」と略されたりする。

ただし、明確なルールがある分けではない。

で、「東京急行電鉄」は「東急電鉄」と呼ばれるようになったが、それでも長いので、いつの間にか「東急」と略されるようになった。

「東急」だけで、電鉄会社とその沿線までをも意味することができるのだ。

その音韻を英語で表すと「Ｔ」「Ｏ」「Ｋ」「Ｙ」「Ｕ」と綴ることができる。

その「東急電鉄」がデパート等様々な事業を拡大し、グループとしての存在感が増してきたときに、グループアイデンティティの核ブランドとして「東急＝ＴＯＫＹＵ」を採用した。英語では「TOKYU Corporation」である。

したがって、正式社名「東京急行電鉄＝TOKYO EXPRESS Rail Way」を含めた東急グループ全体が「東急＝ＴＯＫＹＵ」と呼ばれて今に至っている、といった説明である。

しかし、そのデザイナーは、日本語では長い名称を略して短く発音する習慣があるといった説明のあたりから、明らかに理解を越えてきた表情を見せ始め、「Ｔ」「Ｏ」「Ｋ」「Ｙ」「Ｕ」の説明の頃には、すでに興味すら失っていることがはっきりと顔に表れていた。

その時、日本語におけるこの種の略称型のブランドの成り立ちを、この国に住んだことのない外国人に対して英語で説明することの難しさを肌で感じたものである。

むしろ、「日本放送協会」の「ＮＨＫ」の方が、意味はともかくよほど説明は楽だし、理解も得られやすい。


先日、渋谷を歩いていたとき、「マル９」といういわばブランド化した呼称を耳にして、急にその難しさを思い出した。

「マル９」の解説は、おそらくは日本語でも難しい。

そもそも、この説明をどこから始める必要があるかによって説明の手間は大きく違う。

仮に「Ｔ」「Ｏ」「Ｋ」「Ｙ」「Ｕ」までの話は理解されている相手だとしよう。

それでも、日本語では「１０」つまり「TEN」は「JYU」とも「TOU」とも発音可能という説明は必須だ。

「１」「２」「３」「４」・・は「ICHI」「NI」「SAN」「SHI」・・とも、「HI」「FU」「MI」「YO」・・とも発音され、「１０」は、前者の系列では「JYU」であり、後者の体系では「TOU」と呼ぶ。

時に「１」と「０」に分解して「ICHI」と「ZERO」ないし、その形から「MARU」とも発音できる、という説明は絶対に必要である。

そして「９」つまり「NINE」は「KYU」ないし「KU」と発音され、「KOKONOTSU」と発音される場合もある、という説明もこの場合必要だ。

このとき、事例として「０１０１」マークの「MARUI」の話でも付け加えようものなら、その説明だけでさらにややこしいことになりかねない。多分、分かりやすいたとえ話には決してならないだろう。

相手がこの「マル９」にとても興味のある、かつ忍耐強い人だとすれば、「東急」はじつはその音から「１０９」と表記が可能だという説明を理解させることが出来るかもしれない。

しかし、それは影の意味であって、実際には「ICHI MARU KYU」という呼称でブランド化されたという説明が必要だ。

そのブランドも、渋谷の若者の間ではさらに省略化が行われ、ついには「MARU KYU」と呼ばれるようになった。

ただし、それは単に会話上の略称であって、「ブランド」的な役割を担ってはいるが、正確には「ブランド」ではない、ということになるのである。

それを「マル９」の建物に沿って歩きながら、頭の中でつたない英語力を総動員してトライしてみた。

正直、頭がクラクラして、相手を説得する自信はない。

もっと単純だが、同じように例えば「日本＝ＮＩＰＰＯＮ」や「ＡＯＹＡＭＡ-ＤＯＲＩＡＶＥ.」や、あるいは「独立行政法人国立印刷局＝Nippon Printing Bureau ＝ The National Printing Bureau」などを英語できちんと解説することを試してみるといい。

問題は英語力にあるわけではないことが見えてくるに違いない。






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         <pubDate>Mon, 05 Oct 2009 13:34:00 +0900</pubDate>
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         <title>車の左側通行</title>
         <description><![CDATA[南太平洋の島国サモアでこの７日、自動車の通行がこれまでの右側通行から日本と同じ左側へと変更されたという。

左側通行国は世界の人口比で34：66ぐらいの少数派だから、左から右への変更は聞くことがあるが、逆は極めてめずらしい。

日本への返還後の沖縄で、1978年に実施されて以来のことだという。

本土復帰という明快な理由があって実施された沖縄と違って、サモアでの変更理由はさほど明快にも思えない。

人口約18万人の超小国だから出来たことかもしれない。

日本や近くのオーストラリア、ニュージーランド等から中古車を安く入れることが出来るメリットがあるとの説明だが、信号機やバスの改修コスト、事故の危険等のリスクに比べて本当にメリットがあるのかは不明だ。

私自身、ヨーロッパで車を運転するたびにこの左右逆の運転ルールに緊張を強いられてきたものだ。

オートマティック車ならまだしも、コラムシフト車に乗ろうものなら慣れるまでは結構焦ってしまう場面に出くわす。

そもそも何故こういった国際ダブルスタンダードが生まれてしまったのかよく分かってはいないらしい。

日本のルールはイギリス陸軍に倣ったとの説が有力らしいが、ではイギリスと欧州大陸でなぜ違ってしまったのかについては定説はないようだ。

欧州大陸でもポルトガルやオーストリア、チェコやハンガリーなどが左側通行から右に換えたのはそんなに古い話ではない。

いずれもヨーロッパでは外れの方に位置する国だ。

スウエーデンでは1967年のことだったから、私が訪れた1970年にはまだ変更時のエピソードが話題として残っていた。


理由はどうあれ、交通ルール以外にもインフラルールの変更は、社会に大きな緊張を強いるものだ。

同時に、旧ルールを生活の中にうまく残して使いこなす術も自然に生まれてくるものらしい。

フランス通貨がフランだった時代、1960年のデノミ以降もかなり長い間「旧フラン」という単位が並行して残っていた。

日常会話にもフランを100倍した旧フランの価格が頻繁に登場していたものだ。

おそらくは、価値が一気に100分の1に落ちてしまったようで、そう簡単には新しい単位に順応できなかったからだろう。

しかし、ユーロへの変換は、保守的な文化の国にしては、デノミに比べて極めてスムーズに移行できたように思う。価値の変化を意味しなかったから、心理的に素直に順応できたのかもしれない。

日本でメートル法が全面的に実施されたのは1966年のこと。1959年には尺貫法が変わって肉屋の単位が匁からグラムに、体重も貫目からKgに変わった。

今でも、一坪＝3.3平米という換算値が残っているように、当時もかなり長いこと小数点付の換算値を使って実質的な尺貫法が生きていた。一里は3.75Kmなどと誰もが普通にそらんじていた。

しかし、世代が換わり、今尺貫法そのものを知っている人さえごくわずかになった。

一方、一升瓶を握って冷や酒を酌み交わすという文化は変わらなかったからか、2ｌ瓶に移行することはなく、1.8ｌ入りの一升瓶は残った。

同様に、間口１間は約1.8ｍとして使われ続けたのである。

車の通行ルールの変更のように、混乱があってもある日をもって一気に変わってしまうこともあれば、世代交代とともにじわじわと浸透していつのまにか変わって行くものもある。

さらに、ことばや単位は変わっても世代を超えて生きながらえるものがあるのも、記号文化の特徴である。


さて、初めての本格的政権交代がこの国で起きた。

車の通行ルールが左右変わってしまうような大きな変化がこれから起きるのだろうか。

それとも一升瓶を1.8ｌ入りと言い直すだけのように、結局はそのまま前のルールに飲み込まれてしまうのだろうか。

記号の交代、意味の交代、そして記号と意味の同時交代という現象は、結局はその文化の歴史的サバイバルの意志に深く関わっている。

この国に、車を一気に右側通行に換えるほどのエネルギーがみなぎってくるのかどうか、注目してみたい。

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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2009/09/post_59.html</link>
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         <pubDate>Wed, 09 Sep 2009 15:17:36 +0900</pubDate>
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         <title>ビジョン</title>
         <description><![CDATA[マニフェスト論議が盛んだ。

その議論の中に「ビジョン」の話が登場する機会も増えた。

昔から「ビジョン論」が政治論議の場に登場するときのパターンはほぼ決まっている。

政策として具体策や数値目標等が列記されている場合は「その先のビジョンが見えない」といわれる。

定性的目標、例えば友愛云々などを標榜すれば「抽象的で具体的道筋のビジョンが見えない」となる。

定性目標を掲げてから、それに続く具体策や数値目標を整理すると、「そんな議論の積み上げのないビジョンなど実現できるのか」とくる。

多くを巻き込んだ積み上げ型でビジョンをまとめたところで、「リーダーシップが感じられない」となるのである。

批判すること自体を仕事としている人から見れば、「ビジョン」を標的としておけばメシのタネがつきることはない。

長年、企業の理念やビジョンづくりをお手伝いしてきた立場から云わせてもらえば、この種の批判には慣れていて、引出しにある定型化された返答集をくくればたいがいの切り返しは即座にできる。

そもそも「ビジョン」とは何かがはっきりしていないから、「ビジョン」ということばで共有しているはずのイメージが微妙にズレている場合が多い。

賢い評論家は、そのことも充分知っているから、テーマ次第でそのズレを巧みに使いこなすことが出来る。攻めるには便利だ。同じ意味で切り返しにもまた困らない。


さて、「Vision」とは「Visual」や「Visible」と通底することばだ。「見えるように描く」ことが大事だといえる。

この「見えるように」というところが、実はなかなか難しい。

「蜃気楼」も「イリュージョン」も「夢」や「夢想」も、「見えるもの」には違いないが、ここでいう「ビジョン」に当てはめても、有権者や社員に許してはもらえまい。

まず、そこへ到達しようというエネルギーが感じられない。

使命感や責任感からは、さらに遠い感じがするから、政治や経営の世界では通用しない。

したがって、「ビジョン」を補完する概念として「ミッション」や「バリュー」、あるいは「ゴール」などのカタカナ英語が登場したりする。

これらのカタカナタイトルだけでは、本当に分かりやすくなるのかどうかはピンとこないが、実際に具体的文言を当てはめてみると、それなりに理解しやすくなることは間違いない。

一般的に「ビジョン」とは、5年後、10年後の到達イメージを描いたものである。

しかし、「リーマンショックを誰も予想できなかったように、そんな先に何が起こるかなど、神のみぞ知る」とはどこかの大臣が開き直って述べたことだが、この種の反論も結構多い。

確かに、台風と地震が同時に襲来することさえあるのだから、帰納的に積み上げた長期ビジョンを掲げても、本当にそうなるかどうかは誰にも分からない。

だからといって、それを理由に何もしないと云うなら、全ての計画には意味がないということになる。

オリンピックを目指すハードトレーニング計画も、家族旅行の計画ですら、それまでに何が起こるか分からないといわれれば、確かにそうだろう。

かといって、そこに希望を託し、計画を立てる意味がないと云えるのだろうか。

人間は、全てを行き当たりばったりで乗り切れるほど図太くは出来ていない。生きていることの意味を追い求めてきた長い歴史の中に棲む繊細な存在だ。

「ビジョン」なるものを通じて、私たちはある信頼と安定の規範を見たいと思っているに違いない。日々の生活には意味があると認識したいのだ。

アイデンティティ論の視点からいうと、それは自我の統合された人格に接したときに私たちが受ける感覚と通じている。

私たちは、そこに静謐でありながら、なおかつ不退転の覚悟を感じ取り、理屈抜きの信頼を寄せることができるのだ。


つまり「ビジョン」とは、作り方やプロセスや内容にもまして、リーダーの「覚悟を見せる」ことに他ならないのだと思う。

これから起こりうる、あらゆる種類の脅威に対しても、掲げる「ビジョン」の威厳を命がけで守る準備ができているような強い覚悟に出会うとき、私たちは、自分がこういった人格と同じ集団に属していることに共鳴し、感動し、そして安定を感じることができる。

リーダーの人格と一体化した「ビジョン」とは、そういった集団のアイデンティティの中核をなすシンボリックなものに違いがない。

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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2009/08/post_58.html</link>
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         <pubDate>Tue, 11 Aug 2009 14:00:47 +0900</pubDate>
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         <title>動物の命名</title>
         <description><![CDATA[つい先日の安田記念Ｇ１で「ウオッカ」が劇的な優勝を飾った。

普段競馬にはまったく関心がないのだが、この「ウオッカ」という名前が気になった。

昨年、偶然パリのロンシャン競馬場に出掛ける機会があって、凱旋門賞に挑んだ、今回の「ウオッカ」の騎手でもある武豊が騎乗する「メイショウサムスン」の走りを見る機会があった。

その時も、そもそも競走馬への命名はどうしてこんなに独特なのだろうと気になっていた。

その前に大人気だった「ディープインパクト」にしても、周りの犬や猫の名前とは明らかに違う。


我々は周りのものに対して、常にカテゴリーづけや分類、命名、そして普遍化、あるいは特殊化という位置付け作業を無意識的にやっている。

そして、レヴィ・ストロースが著書「野生の思考」で指摘したように、それを注意深く考察すれば私たちの無意識的な構造的分類の裏に潜む何かしらの意味が見えてくる。

競走馬と、家畜である牛や豚とは、その経済的意味からも割と似たカテゴリーにある。

競走馬も家畜も、人間生活の一角でいっしょに人間社会の一部を形成しているわけではない。

この点で、犬や猫等のペットとは明確な一線を引くことができる。

そして、人は農耕馬等を別にすれば、家畜に命名することはない。

家畜は基本的に個体を明確に識別する意味がないからだ。キャベツや大根に近いのである。

仮に「太郎」とか「花子」という名前を付けて生活の一角を共有してしまった豚や牛がいたとしたら、彼らを、野菜を扱うように屠殺場に「出荷」することが出来るだろうか。

私は学生時代、北海道の牧場でアルバイトをしたことがあるが、100頭近くいた乳牛の個体に名前を付けた例を知らない。全く不便はないのである。

一方、競走馬の方は個体としてはっきりと識別することが極めて重要である。

一頭ごとの特徴や才能を見出し、注意深く調教され、その能力を表したり、馬主の思いなどを盛り込んで命名される。

しかも、競馬という名の賭博行為に深く根ざした全く別の世界観に支配されていて、どこにも似たものがない独特のネーミングがされるものだ。

一度聞いたら忘れないユニークさも求められる。

私が「ウオッカ」という名前が気になったのは、あまり競走馬らしくない名称だったからだ。

ペットでも、特に犬の名前にもありそうである。

犬は、人間の生活サイクルにほぼ取り込まれているから、家族の一員として扱われる。

しかし、その命名は人間のそれに近いが、完全に人間の名前と同じというわけでもない。

どちらかというと、人間のニックネームに近いかもしれない。

どこか人間の名前を表すときのような正式ではない響きがある。

何故か、バタ臭いカタカナ名も多い。

名前を呼んでいるときに人の名前と間違うことがない工夫のようにも思われる。

確かに飼い主からみれば家族の一員には違いないのだが、微妙な区別感が感じられるのである。

「ショコラ」とか、「マロン」とか、「バニラ」、あるいは「さくら」とか「ベリー」なども犬らしいし、犬の名として、ある安定感がある。

私には、「ウオッカ」はどちらかといえば、そちらに近く感じられるのである。

一般的競走馬のネーミングよりは、距離感がより犬のそれに近い気がする。

そして、距離感でいえば、猫の名前はもっと人の身体に近づいてくる。

おそらくは生活の場が室内で、個体の大きさにもよるものと思われるが、何かの擬音だったり、ひらかな２文字や母音の繰り返し名も意外と多い。

「みみ」とか「ぴぴ」、あるいは「ノンたん」、「トンちゃん」とか「トンくん」という赤ん坊用語も多いのが特徴だ。

まったく同じ意味で「大五郎」とか「竜之介」という方向に大きく振れる場合もある。

人間の名前ではあるが、名前を呼ぶ場面のコンテクストから云って、人の名を呼んでいると間違われることは殆ど無いのが普通である。

小鳥の名前などもそうだが、小さくて、人間に頼り切って生きていながら生活スタイルのコンテクストそのものが、人間と距離がある場合、人の名前に近づく傾向がある気がする。

どこかで、人の生活とは交わらない距離を認識しているからかもしれない。

犬は、その意味で、生活のリズムが人間のそれとあまりにもシンクロしていて、人の名前は付けにくい。ニックネーム程度が安定するのだろう。

猫は、身体的には人に近づくし、大きさも小さいが、何となく人とは相容れない世界があって、仮に人の名を付けても混同は起こらないのかもしれない。微妙だ・・。

そもそも何故、人はペットに固有の名を付けるのだろうか。

たとえ、相手がその名前を認識しているとは限らない場合においてさえも・・。

そして、時代と共に、あるいは動物とのつきあい方が変化するにつれて、命名の距離感もまた違ってくるのだろうか。

人間が持つ構造認識の問題としても、長期的に見続けたいテーマではある。


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         <link>http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2009/06/post_57.html</link>
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         <pubDate>Tue, 16 Jun 2009 16:01:15 +0900</pubDate>
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